人には言えない小説

どろどろの色欲にまみれつつ、どこまで平然とした顔が出来るか見ものですね。
ジキルとハイドが如く、その微妙なバランスを保つことって美しくないですか?

#4

さっきまで素直になれよと訴えていた相手の視線は、今はひたすら前を見つめている。ラッシュを過ぎた4車線の道は、今はそれほど混んでいないから車を進めるしかない。


相手はもうこっちを見てくれない。


なんと言えばいいのだろうか。


私は完全に機会を逃して、もうロマンチックな時間もなくこのまま相手を不機嫌にさせたまま食べたくもない夕食を食べ、家路につくんだ。


でも、今更なんと自分のこの気持ちをさらけ出せばいいというのだろう。


「あの・・・。会いたかったの。」

私は思ったまま呟く。


最初はあの甘い時間が忘れられなくて、今日出会ってしまった。

恋人に引け目を感じながらも、これは恋とは別と割り切っていたから会えたのに。


素直になれという相手の目を見たら、本当に自分は体だけを求めていたのだろうかと悩み始める。


なぜ、彼の匂いを思い出すだけで頭がクラクラしてしまうのか。

優しい声が頭の中で鳴り響き、私をおかしくさせてしまうのか。


そんなことこの2日間考えていなかったし、考えるべきでないと無意識に思っていたのかもしれない。


「ん?俺に会いたかったの?」


「会いた・・かった。」


頰が蒸気するのを感じた。

こんな、初恋みたいなドキドキする気持ち、久しぶりすぎて自分が高校生か中学生の気すらした。


真顔でそれを聞いていた彼は、赤信号で車を止めて、こっちを振り向く。


「俺もだよ。」


胸が高鳴るのがわかった。


え、本当??私に会いたいって思ってくれるの?

もしかして、私のこと好きなの?


口から出てしまいそうな言葉を抑える。


「嬉しい・・。」


すべてのことばを一言で誤魔化す。嘘ではない。嬉しい気持ちでいっぱいだった。

ただどうやって平常心を保つかが問題で、ことばも慎重に選んだ。


彼もそんな私の心の中を悟ったのか、それ以上何も聞かなかった。


ただ、小首を傾げて私の方に近づき優しくキスするのだった。


「もっと椿のこと知りたい。」

「うん・・。」


「ゆっくりできるとこいってもいい?」

「う、うん。いいよ・・。」


「じゃあ近いとこに入るね」


私はもう何も言わなかった。


結局私は、自分の本当の気持ちなんてほとんど伝えられないのだ。

伝えてはいけない・・そんな気持ちが芽生えてきた。

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