人には言えない小説

どろどろの色欲にまみれつつ、どこまで平然とした顔が出来るか見ものですね。
ジキルとハイドが如く、その微妙なバランスを保つことって美しくないですか?

#9

「いやー、まさかこんなところで椿に会うなんてな」

大学時代の同級生は、3件目にしてしたたかに酔っていた。


「私だってびっくりだよ!今何してるんだっけ?」

面白くもない会社の飲み会の後で、これまた私もしたたかに酔っていた。


「俺は今は転職して、外資系の仕事だよ。」

「マジで!顔だけは日本人じゃないと思ってたけど、あなた英語苦手じゃなかったの?」

「顔だけって・・・失礼だな。やろうと思えば人間できるものよ。」


ふーん、この人も努力とかするんだ、と彼の一部しか知らないくせに勝手に思った。

私がこう思うのには、訳がある。


彼は大学の時からよく目立った。

大きい目に高い鼻、人懐っこい笑顔が魅力的で、入学したばかりの時はイケメンの1年生が入ったと大騒ぎであった。しかも見た目とは違って、誰にでも優しく謙虚で、少しダサかった。つまり、魅力的な見た目に加えて、男気がありる上、女子の母性本能をくすぐった。また、ほとんどの女子が彼が困っている時は助けてあげたいと思ったし、用もないのに集まった人たちで彼の周りはいつも賑やかだった。


ほら、今も少し離れた席でOLらしき女性たちが、彼をちらちら見ながら何やら話し込んでいる。その浮かれた話ぶりを見ると、彼女らもまた彼の魅力にはまった、といったとこだろうか。


幸せな人たちだと思っていたら、私の視線に気づいたのか、般若のごとく睨まれた。


ただ生活してるだけで、周りに勝手に人が寄ってくる。だからこの人は嫌いなんだ。

大学の時から、なんだか私はこの人が気に入らなかった。しかし、一緒にいる分にはとてもいい同級生だし、この気持ちは私の妬み心以外のなんでもないのだ。


「おい、聞いてんのか。」

そしてついに彼は、私が全く話を聞いていないことに気づいた。

いつもなら10分くらいは適当に返事してても話し続けるくせに、珍しいもんだ。学生時代から数え、最短記録である。


「あっ、ごめん。ちょっと酔っちゃったみたい。ぼーっとして・・」

「椿は本当、酒弱いなぁ。」

「あなただってもう顔が真っ赤よ。」


彼の浅黒い肌は、耳と頬だけが赤く染まっていた。

いつもはそう簡単に赤くならないので、なんだか今日はやたら可愛く見えた。


「そろそろ帰るか・・。」

そう言って立ち上がった私たちは、ふらふらと会計を済ませた。


最寄駅は今もまだ近かったので、同じ電車に乗る。

「いやー、今日は本当楽しかったわぁ」

「俺もー」


ケラケラ笑いながら気付いたら二人ともすっかり眠りこけていた。

お互いにもたれ合いながら、電車の座席で眠る私たちは周りからどんな風に見えただろう。


「次はー〇〇駅、お降りの方は・・・」


「ほら、次乗り換えでしょ。」

「うーんっ・・・・。」

眠そうに彼はやっと体を起こした。


大学の時もこんなことがあった。

やっぱり二人とも電車で眠ってしまい、私が目が覚めた後も、この人は全然起きなかったのだ。そして私は彼のうちまで送って・・・。


思い出して赤くなる自分が恥ずかしかった。

みんなが知らないこの人を、私は知っていた。

その時は、誰かと間違っているのかと思ったけど、彼はあの後何度か私を求めてきた。


彼の周りには魅力的な女性がたくさんいたし、私の容姿を褒めてくれたことは一度もなかった。でも、彼が大変な時は支えたと思うし、彼は私が辛い時にそばにいてくれた。この人は、私のことをちゃんと女性としてみてくれていたのだろうか。


今も彼は、例のごとく私にもたれかかり、彼の最寄駅への電車を待っている。


「ほら、お水・・。」

「ん。」

「具合悪くない?」

「ん。」


もう言語をなくした猿を家まで送り届けるのは、あれが最後と思っていたのに。

もうすぐ私の電車も終電になってしまう。

今夜私はどこに泊まろう。


私にもたれて眠る彼は、相変わらず綺麗な顔をしていた。

×

非ログインユーザーとして返信する